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函館地方裁判所 昭和41年(ワ)405号 判決

(1)、(2)事件原告 工藤午茶

(1)、(2)事件原告 山岸利夫

右両名訴訟代理人弁護士 土家健太郎

(1)、(2)事件被告 三浦光夫

右訴訟代理人弁護士 樋渡道一

主文

一、(1)、(2)事件被告は、(1)、(2)事件原告両名に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和四一年八月三日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。

二、(1)、(2)事件原告両名のその余の請求を棄却する。

三、(1)、(2)事件の訴訟費用はこれを合算の上更に五分し、その三を(1)、(2)事件原告両名の、その二を(1)、(2)事件被告の各負担とする。

事実

(1)、(2)事件原告両名(以下単に原告等という。)訴訟代理人は、(1)事件につき「(1)事件被告は原告等に対し、金四〇万円及びこれに対する昭和四一年七月一〇日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は(1)事件被告の負担とする。」との判決、(2)事件につき「(2)事件被告は原告等に対し、金四三万五、〇〇〇円及びこれに対する右同日以降完済までの右同割合による金員を支払え。訴訟費用は(2)事件被告の負担とする。」との判決を求め、(1)、(2)事件の請求原因として、

一、原告等は、いずれも北海道知事の免許をえて、それぞれ宅地建物取引業を営んでいる者である。

二、昭和四一年七月九日、原告等が共同でなした媒介により、(1)、(2)事件被告(以下単に被告という。)から訴外細野隆蔵に対して被告の所有にかかる函館市若松町二〇番二一号所在の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗(実測床面積三七二、五六平方米)を代金二、六五〇万円で売渡す旨の契約(便宜上この契約を以下単に本件売買契約と略称する。)が成立した。

三、原告等が右の媒介をしたのは、同年六月上旬頃被告からその旨の委託を受けたためであり、その際両者間に報酬額を金八三万五、〇〇〇円とし、支払時期を本件売買契約のごとき契約の成立日とする特約がなされた。

仮に、右の特約が肯認されないとしても、原告等は、宅地建物取引の仲立を業とする者であり、その媒介により本件売買契約が成立したのであるから、被告に対し右契約の成立日に相当額の報酬を請求しうる権利を取得したことになる。しかるところ、この金額は宅地建物取引業法第一七条に基く建設大臣の告示によると金八三万五、〇〇〇円である。

四、よって原告等は被告に対し、右の報酬金八三万五、〇〇〇円及びこれに対する本件売買契約成立の翌日である昭和四一年七月一〇日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し、「被告において観光ホテルの買取に成功することが本件売買契約締結の要素になっていたとか、成いは後者の効果の発生を右買取の成功にかからしめる旨の特約が付されていたとかの事実はない。」と答え(た。)

証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、(1)、(2)事件につきいずれも請求棄却の判決を求め、(1)、(2)事件の答弁として、「請求原因第一項の事実は認める。同第二項の事実中、原告等主張のような売買契約が成立したことは認めるが、この契約は、訴外佐藤勝夫が被告からそのための授権をされていないのにほしいままに被告の名義を用いて締結したものであるから、被告に対して効力を生ずるものではない。同第三項の事実は否認する。尤も、被告において一時右佐藤に対し本件建物売却の媒介を依頼したことがあったので、宅地建物取引業の免許をえていない同人が報酬金獲得のために原告等の名義を借用したものと思われる。なお、宅地建物取引業法第一七条に基き建設大臣が告示した報酬額は、業者がこの金額をこえる報酬を受ければ処罰されるという最高限度額を劃しただけのものである。従って、仮に原告等に報酬請求権があるとしても、右の告示から直ちにその額が定まるものではない。本件の事案からすれば、原告等の本訴請求額は高額にすぎ不当であるといわなければならない。」と答え、

(1)、(2)事件の抗弁として、「訴外佐藤勝夫が無権限者であったことは右に述べたとおりであるが、それにしても同人が被告の名義でもって本件売買契約を締結したのについては後に述べるような事情があったのであり、このことからして右の契約が仮に有効とされ、又原告等が実質に媒介事務を行ない、この点の委託を受けていたことが肯認されるとしても、被告としては、まさに右の事情を理由として結局において原告等の請求を拒みうるのである。即ち被告は、湯の川温泉所在の観光ホテルを買取れるならということでこれと本件建物売却の媒介とを佐藤勝夫に委託したのであるが、観光ホテルがいちはやく他に売渡されてしまったため、本件建物の売却も一応中止することに意を固めておいたところ、昭和四一年七月九日に至り、佐藤から更に、観光ホテルの転売を受けられることが九分どおり確実であるし、従前から本件建物の買主に予定されていた訴外細野隆蔵が依然としてこの買取を強く希望し、ただその都合上この日を外すと同人に売渡せなくなってしまうので、ともかく形の上だけでも同人との間で本件建物の売買契約を成立させて欲しいと懇請されたためこの言を信じ、観光ホテルの転売を受けることができなければ本件建物の売渡契約も効果が発生しない旨の特約を付することを条件にして、佐藤に印鑑を預け、あくまでも形式的な意味での締結を承諾したのである。ところが、結局右の転売を受けることができなかった。それ故、本件売買契約が仮に実質的な意味合のものであっても、それは、法律行為の要素に錯誤があることによって無効であるか、或いは少くとも右の条件不成就によってその効果を生じなかったといわなければならない。従って、原告等の報酬請求権も発生しなかったことになるのである。」と述べ(た。)

証拠≪省略≫

理由

一、まず、本件売買契約が果して原告等が主張するとおりに成立し、これが原告等の媒介によるものであるのかどうかの点について一括して検討する。≪証拠省略≫を綜合すると、次のような事実を認めることができる。

(一)、被告は、永年「若松屋」という屋号で旅館業を営み、この営業のために本件建物を所有、利用して来たが、湯の川温泉の観光ホテルが売りに出されていることを聞いていたので、かねてからこれを入手できるのであれば本件建物を手放してもよいと考えていた。他方原告等は、いずれも北海道知事の免許をえてそれぞれ宅地建物取引業を営む者であるが(この事実は当事者間に争いがない。)、訴外細野隆蔵から函館駅前近くに適当な売家があればということでその買取の媒介を依頼され、この旨を以前不動産仲介業者のもとで働いていた経験のある訴外佐藤勝夫に話しておいた。佐藤は、被告が知人にもらしておいた前記の意向を偶然耳にしたので、昭和四一年六月中旬頃被告に会ってこの趣意を確認し、更に数日後原告等を被告に紹介し、この時から原告等と共に被告と細野との間の本件建物売買の斡旋を開始した。

(二)、当初被告が一応希望していた本件建物の売値は三、八〇〇万円であったが、交渉を重ねるにつれ細野の要望に押されて三、〇〇〇万円程度まで下がり、更に本件建物の一部を被告から賃借して寿司屋を営んでいた訴外近藤某の立退問題がからんだため金二、五〇〇万円の線まで後退するようになった。

ところが、観光ホテル買取の方は、佐藤と原告等とがその交渉準備をしている間に、訴外五十嵐長寿に売渡されてしまい、又同人から転売を受けることもかなりむつかしい状勢であったので、これに伴って本件建物売却の交渉も一応白紙の状態に戻ることになったのであるが、同年七月六日頃佐藤を介して被告から原告等に対しもし従前決っていた代金額に三〇〇万円を上積した二、八〇〇万円で売れるのであれば、これでもって五十嵐との間の交渉を続け、或いは他に旅館営業の適当な移転先を探すのに必要な二、三ヶ月間の諸種の費用にあてることにするから、その旨細野隆蔵に伝えて交渉を再開して欲しいとの申入があったので、折衝を重ねた結果被告と細野とが最終的に了承した金額はその中間の金二、六五〇万円となった。

これまでの間右一連の交渉のため原告等自身が被告と面会した回数は少くとも五、六回を下らなかった。

(三)、ところで、同じく原告等が媒介していた細野所有の建物を訴外(株)森屋デパートに売渡す交渉もこの頃まとまり、両者間の都合で同月九日夜にこの契約を締結することになったため、細野は、被告との間でも同日に成約をみないのであれば交渉を打切るとして同時締結を強く希望し、佐藤と原告等としてもこの方が便宜であるのでその旨を被告に伝えた。被告としては、同月一一日か一二日に五十嵐長寿との間で観光ホテルの転売について最終的な交渉をする予定であったので、その後まで契約締結を延ばすように申入れたのであるが、細野等の同意をえられなかったためやむなくその印鑑を佐藤に託し、同人をして契約締結にあたらせた。かような経緯で同月九日の深更に成立したのが原告等主張の本件売買契約である。佐藤と原告等は直ちに被告方に赴き、右の印鑑と契約書(甲第一号証)と共に細野から受取った手付金(金額三〇〇万円の小切手)を被告に交付した。

(四)、なお、被告は同月一二日に五十嵐との間の最終交渉を試みたが金額が折合わずこれに失敗したので、同月一五、六日頃細野に対し本件売買契約の解約を申入れ、その後折衝を重ねた結果金三一〇万円を細野に交付してこれを合意により解除した。

≪証拠判断省略≫

以上の各事実に弁論の全趣旨を加味して考えると、第一に本件売買契約は被告の意を体した訴外佐藤勝夫がその機関として締結したもの、換言すれば、被告自身がこれに関与して締結したものと同視すべき完全なものであり、第二にこれが成立したのは原告等の媒介によるものであって、佐藤はその補助者として活動したのにすぎず、第三に原告等が右の媒介をしたのは訴外細野隆蔵からの明示の委託と被告からの少くとも黙示の委託を受けたことによるのであるとみるのが相当である(尤も、右第三の点について、宅地建物取引業者が媒介によって報酬請求権を取得するためには、契約当事者の一方から委託を受けているだけで足りると解すべきであるが、詳論しない。)。

二、前項で判示したところからすれば、被告の抗弁がいずれも理由のないものであることは明らかである。

三、次に、原告等がいずれも北海道知事の免許をえてそれぞれ宅地建物取引業を営むものであることは当事者間に争いがなく、又先に判示したように被告から媒介の委託を受けていたのであるから、その際黙示的にもせよ報酬金の支払約束がなされたことが推定され、この点の反証はないので、その媒介により本件売買契約が成立した以上、原告等は被告に対し相当額(約定があればこれによる。)の具体的な報酬請求権を取得したものといわなければならない(第一項(四)で認定した事後の合意解除の事実は、この請求権に消長をきたすものではない。)。そして右のごとく二人以上の業者が共同で委託をうけて媒介行為をした場合には、各々がこの媒介をなすべき債務は客観的に単一の目的を達するための手段であって、しかも主観的にも共同の目的をもって相関連しているものとみるべきであるから、この債務を履行したことに伴ってこれらの者が取得する報酬請求権も、特段の事情がない限り連帯債権又は少なくとも不可分債権の関係に立つものと解するのが相当であるが、本件においてはこの事情の存在をうかがわせる資料は主張及び証拠の双方について何も見当らない。

ただ、原告等主張のごとく、報酬金を八三万五、〇〇〇円とする旨の約定が被告との間でとりきめられたかどうかの点については、本件の全証拠によっても的確な心証をとることはできない。支払日を本件売買契約成立の日である昭和四一年七月九日としたとの点についても同様であり、このような約定とは別個に、支払日を契約成立の日とすべき法理とか慣習の存在を認めることもできない。従って、報酬金額と被告が遅滞に付された日とは別途に判定する必要がある。

宅地建物取引業法(昭和二七年法律第一七六号)第一七条とこれに基く建設省告示昭和四〇年第一、一七四号とによれば、業者が受けとりうる報酬額は当分の間、同年三月三一日現在において都道府県知事が定めていた額となっており、北海道の場合についてみると、取引金額のうち一〇〇万円以下の部分について一〇%以内、一〇〇万円をこえ三〇〇万円以下の部分について八%以内、三〇〇万円をこえる部分について六%以内でそれぞれ計算したものの累積額となっている。これは本件について算出すると、取引金額が金二、六五〇万円であるから最高額は金一六三万円となり、更にこの金額を売主・買主の双方に対し平分して請求させるのが相当であるから(原告等の請求もこれを前提としているもののごとくである。)、被告の負担分は一応金八三万五、〇〇〇円となる。

しかしながら、業者と取引当事者との間で具体的な合意がなされていない場合に、業者が当然に右の最高額を請求できるものと解するのは相当でない。右の規定は、業者がその所定の額以上の報酬金を受領することを制限しようとの目的に出た単なる取締法規であって、民事法上の効果をもつものではなく、又仮に右の点を積極に解するとすれば、例えば、報酬金額の協定を後日に保留したまま媒介委託がなされて取引が成立した後に協定が不調となった場合等には、その不調の故に業者が最も有利な金額を請求しうるという奇妙・不当な結果になるからである。

そこで、右の八三万五、〇〇〇円を一応の参考金額としながら本件における報酬金の相当額を考えてみると、(1)取引金額がかなり高額であること(北海道知事が定めていた前記の基準では、三〇〇万円以上の場合について一率に六%以内としているが、取引金額が増加するのに応じて報酬金の割合を逓減する方向を示していることに注意すべきである。従って、もし三〇〇万円以上の場合についてきめ細かく定めていたとすれば例えば一、〇〇〇万円以上の場合は四%以内、二、〇〇〇万円以上の場合は三%とか二%以内というようにしていたことも考えられないでもない。)、(2)最後的に決定された金額が、諸種の事情があったにもせよ、被告が当初希望していた金額である三、八〇〇万円よりも大巾に下廻る結果になったこと、(3)第一項の(三)で判示したように、被告が多少躊躇していた時分に、主として細野と原告等との都合から、やや強引に本件売買契約を締結させられたきらいがあること、(4)前示のように抗弁事由にはならないにしても、被告が本件建物の売却と併せて原告等に媒介を依頼していた観光ホテルの買取が結局のところ不成功に終り、被告としては所期の目的を十分には達しえなかったこと、これらの事情を勘案して、これを金三〇万円とするのが相当である。

被告が遅滞に付された時期は、(1)事件の支払命令正本が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和四一年八月三日としなければならない。

四、よって、原告等の請求は、被告に対し金三〇万円及びこれに対する右同日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容するが、他は失当として棄却することとし、なお民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、訴訟費用は(1)、(2)事件を通じて合算の上更にこれを五分し、その三を原告等に、その二を被告にそれぞれ負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二)

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